メディアの報道

テレビ局ORFの報道から

歓喜と悲惨 「大戦争」当時 1914年1918年 の生活 

2014年3月9日~11月9日 シャラブルク・ルネッサンス城

ウィーン軍事博物館とアートシュテッテン城が共催し,2014年3月29日から11月9日にかけて,シャラブルク城では,「歓喜と悲惨―「大戦争」当時(1914年~1918年)の生活」という,第一世界大戦に関する,これまでの中で最も大きな規模の展示会が開かれる。国内外の140の資料提供者によって,1000点の展示品が今回の展覧会ために貸し出された。これらの展示品が,大戦時に起こった一つ一つの出来事が緊迫し,さまざまに関わり合った歴史について語っている。シャラブルク城は,2014年に国際展示場として40周年を迎える。1300平方メートルの展示室において,歴史上はじめて全世界を巻き込み,産業化の中で起こった現代的な戦争をグローバルな視点から振り返る。

展示会の出発点: 現代社会と戦争への陶酔

この物語の始まりは,現代のヨーロッパである。現代ヨーロッパは,わたしたちの今日の社会と類似した点が多くある。ベルタ・フォン・ズットナー(Bertha von Suttner)(「武器を捨てよ!(Die Waffen nieder!)」)といった先鋭の思想家たちがノーベル賞を受賞し,カシミール・マレヴィッチ(Kasimir Malewitsch)(「太陽の向こうにある勝利(Sieg über die Sonne)」,1913年)は芸術の限界を究明する。そうした時代に一方では,軍隊に魅了された精神や,情熱的な国粋主義が,市民たちの社会を支配していく。国民の一部が1914年8月に歓喜の中で戦争へと導かれた。戦争への陶酔が社会で広まっていく中で,警鐘を鳴らす呼び声は,次第に消えてしまい,まもなく戦争が,その本当の姿をあらわすのだ:多くの者が死に,傷を負った者や手足を失った者たちが列をなす。

大戦に対する新しい視点: 前線での日常

展示会では,陣地,山間,空そして海での前線での日常に焦点があてられる。仕事などの日常生活から切り離された人々は,次の指令がくるのをまちながら,防空壕の中でどのように時を過ごしたのか?死や傷を負うこと,ぬかるみと寒さと常に隣り合わせであることに,彼らはどのように向き合ったのか?戦いの現場で実際に起こっている出来事とは著しく矛盾し,いわゆる「故国前線(Heimatfront)」父国が,戦争から撤退してしまうことのないようプロパガンダがおこなわれる。そこでは,カトリック教会が中心的な役割をになった。感動的で悲惨な記録が,「内部前線(die innere Front)」つまり国内において巧みにおこなわれていたスパイ活動,捕虜収容所での生活を語る。

ダマスクスから,チンタオから: グローバルな戦争

1914年から1918年,あわせて7000万人の世界中の人々が武器をとった。しかし彼らは,どこで,何のために,あるいは,何に対して,戦ったのか?歴史学者による研究プロジェクトのブースでは,タッチスクリーンを使った第一次世界大戦についての説明をみることができる。第一次世界大戦が,世界でどのように起こり,そこでは,どのような戦いがおこなわれていたか,そして,大戦がもたらしたものはなにか,一方で,オーストリア・ハンガリー軍の前線がどのような戦いをしていたか,ということが解説される。展示会の訪問者は,大戦の様子を細部にわたって自由にみることができる。世界中から貸し出された展示品は,これまで知られてこなかった史実を伝える。

終わりはどこにあるのか?「勝利の講和」でもなく,奇跡の武器でもない

軍事や政治が,巧みに戦争の敗北を隠そうとしたり,説明しようとしたりしたがために,戦争を止めるにはどうしたらよいのかと途方にくれてしまった。奇跡の武器や「勝利の講和」への希望をもって,人々は永遠に慰められることはなかった。兵士たちによる暴動や戦争による疲労感が,軍隊をばらばらにしてしまい,経済が完全に消耗して,ついに戦争は終わる。1918年以降,トラウマとなった経験が,人々の心を支配し,逃れられなくなる。多くの戦争捕虜たちにとっては,故郷への帰還が,長い漂泊の旅となる。そして一般の市民の間でも,まさに終戦直後から苦しみが始まる:いわゆる「スペイン風邪」」や食糧飢饉が,戦争時よりも多くの犠牲者を生みだした。多くの人々は,1945年まで,心の中で軍人をやめることはなかった。展示会の最後のブースでは,大戦時の「激しく争われた記憶」が展示されている。

http://noe.orf.at/news/stories/2638647/

(日本語訳 磯部美穂)

 

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